2015年11月16日

The Lost Children:失われた子どもたち(2001年)

The Lost Children:失われた子どもたち(2001年)

※タイトル訳はオリジナル

アルバムInvicibleからの歌。Little Susieと同じく、子供たちの置かれた状況について歌った唄。Lostは行方不明という意味と、道に迷った、という意味がある。後者の意味は、amazing graceにでてくるように、神の恩寵・慈愛を見失って、悩み・苦しみの中にある、というような意味あいにも広がる。「迷える子羊」なんていうときの迷えるが lost。神とともにある道、日本語でいうところの「かんながらの道」をはずれることだろう。


で、この曲も、単に行方不明になる子供たちのことを思う曲、とする人と、もっと広く、子供たちの置かれた様々な不幸全般を歌った曲、とする人の二つに分かれる。

アメリカでは恐ろしい数の子供たちが毎年行方不明になっているのだ。マイケル・ジャクソンは、それをなんとかしたいと思っていたらしい。そう思って読めば、全体は、いなくなった兄弟を思う子供が歌っている歌詞として書かれているように思える。その子供に、マイケル・ジャクソンは同化している。お父さんやお母さんの悲しみを、幼い心で敏感に感じながら、いなくなってしまった兄弟を思う歌。同じように兄弟を失った子供たちと同化して、そうした行方不明の子供たちすべてを思う歌。


そしてもっと広く子どもたちを襲う、悲しみ、不幸全般についての歌、ととれば、この曲は、そうした顧みられることのない子どもたちに、彼が思いを寄せる歌。幸せに暮らす家族がある一方で、世界には貧困、戦禍、虐待、犯罪などに巻き込まれて、笑顔や命を失っていく多数の子供たちがいる。思い出されることも、気にかけられることも、愛されることもなくなって。まさに、ひとりひっそりと亡くなっていった、Little Susuieもそんな、消えてしまった子どもたちのひとり。そして、きっと、childfoodを無くして笑顔を無くし、さまよった彼自身もそのひとり。失われたのは、命の場合もあるけれど、健やかな魂の場合もある。

ひどい目にあっても気遣われることのない無関心という凶器、それは人を絶望へ追い立て、殺してしまうことさえある。自らも無関心・無理解の犠牲になり、それをSCREAMやThey don't care about usなどの激しい表現で吐露した彼にとって、また、子どもたちは笑顔で歌っているべきなのだ、と信じる彼にとって、それはどんなにか胸が痛む、悲しいことだっただろう。


どちらでもとれるのだと思う。どちらでとっても良いのだと思う。make a little space, to make a better place、顧みられることのない子どもたちに、愛=気づかい、思いやる心を送ろう、そういうたとえ小くても優しい心を、人々の心の中に灯してまわりたい、それが彼の願いだと思うから。

ここでは後者に近いスタンスで訳した。若いころのマイケル・ジャクソンならば、Do you know where children areのように、比較的具体的な国内の子供の状況を取り上げて歌っていたけれど、その後はだんだんと、より広く世界の根本的な状況に目を向けるようになっていたのだと思うから。

タイトル訳も「消えた」ではなく「失われた」とした。失われたのは、命であることもあるけれど、神の愛にあふれた穏やかな幸せ。Childfood で彼が焦がれ、Speechlessでうっとりと歌った、言葉のいらない魂の世界、子どもが本来あるべき世界。そこからはじき出された、神の手元から失われてこの世界で迷える子どもたちを、彼はじっと思うのだ。

We pray for our fathers, pray for our mothers
僕らは祈る、父のために、僕らは祈る、母のために
Wishing our families well
愛する家族が健やかでありますように、そんな願いをこめながら
We sing songs for the wishing, of those who are kissing
僕らは歌う、願いを込めて、僕らが愛する人たちの歌
But not for the missing
けれど、いなくなってしまったあの子たちには、誰が歌ってあげるのだろう


ここのsingはただ歌う、ではなくて、そうした人との幸せを謳歌する、という意味、「幸せの唄、歌う」、みたいな修辞的な表現だと思う。普通の「歌」でとると、あたらない気がする。

私たちは皆、父、母、など<<自分の>>(our)家族の健康を願って神に祈る。そうした願いを込めて、<<自分が>>愛する人々の為に歌う。だけどそうした私たちの幸せの陰で、気にかけられることもなく私たちの前のから消えてしまった人たちを、普段私たちが目にすることのない人たちを、私たちは気にかけることはない。

song for the wishing は願いのための歌、song of those who are kissingはキスをしている人たちの歌。キスをしている、は、結局愛しあっている、ということだと思う。別に恋人とは限らない。子供でも、親でも、なんでも愛しい、親密な人の間では普通にキスするのが向こうの感覚。そして、前の歌詞でも OUR fathers、OUR mathers、OUR familiesと続いていることからここの主語は、「私たち」だ。だからsong of those who are kissingは正確には、「私たちがキスしあう」=「私たちが大好きな」人たちの歌、なのだ。


最後の行はかなり意訳。

the 形容詞 ingは 「、、、な人」。だからthe missingは見失った、いなくなった人。lostとちがい、単純に「自分の視界から消えた人」「普段は見えない人」、だ。だけど、その人たちは、かつては存在し、今だってどこかにいるかもしれない。そして人、としているけど、彼の心を占めているのは、当然子どもたち、だろう。


私たちは、自分たちの愛する人、自分たちの周りの人を愛し、平和な暮らしを謳歌しているけれど、その陰で沢山存在する、普段目にしない子どもたちのことを気にかけることはない。
ここのパラグラフで彼が歌っているのは、そうした彼が目にする日常なのではないかと思う。

幸せに愛し合う人たちを見ることを、彼はもちろんうれしく思うのだろうけれど、その一方で彼はどうしても気にかかるのだ。見えていない人たちのことが、、、。


So this one's for all the lost children
だから、この歌をすべての苦しむ子どもたちに捧げよう
This one's for all the lost children
この歌をすべての迷える子どもたちに捧げよう
This one's for all the lost children, wishing them well
この歌をすべての失われた子どもたちに捧げよう
子どもたちが健やかでありますように、と願いをこめて
And wishing them home
子どもとたちが安らげる場所に戻れるますようにと、願いを込めて


だから、マイケル・ジャクソンは歌うのだ。目の前の幸せな風景の中にいない、すべての子どもたちを思い、その子たちが健やかであるように、その子たちが安らげる場所に戻れるように、と。「健やか」は体の話だけではなく、心の健全も含まれる。

lostの訳は、意味が伝わるように 出てくるたびにわざと変えた。

homeは、単なる「家」ではなく、本来いるべき場所、安らげる安全で平和な場所という事だと思う。形としての「家」はあっても、そこが「home」ではない子どもたちは、この国にも沢山いるだろう。

When you sit there addressing, counting your blessings
じっとすわって、不幸に耐える
前を向こうと頑張りながら
Biding your time
取り残された悲しみにくれながら
When you lay me down sleeping and my heart is weeping
そんな君たちを想って眠る、僕の心はすすり泣いている
Because I'm keeping a place
帰る場所はとってあるよ、と、、、


count your blessingは、自分の幸福を数える。文字通りではなく、不幸なときに、落ち込むことに気をとられて前に進めなくならないように、まだ、自分が恵まれているのだ、ということを思い起こすために行うことなのだそうだ。

そして、bide your timeは、日本語辞書だと、好機を狙う、みたいなちょっとポジティブな感じも受ける表現がでてくるのだが、類義語辞典では、remain、to wait a whileとでてくる。そして、remainには、何かをなくしてしまったり、何かに去られてしまってそのまま取り残される、という意味がある。なのでこんな訳にしてみた。


Because I'm keeping a placeは、自分には居場所があるのに、子どもたちにはなくて、可哀想、という嘆きととっている訳も多い。ここでは「場所を確保してある」の意味でとった。
君たちが戻ってきたときに帰れる場所は、僕が用意しておくよ、僕はそれを守りつづける(keeping)よ、と。

彼は本当に場所を用意してたんだと思う。広大なネバーランドだったり、膨大な寄付で作ったしくみだったり、何より彼の心を込めた歌だったり。

、、、だけど、場所は確保してあっても、君たちは戻ってこれないんだね。

だから彼は悲しみ、すすり泣くのだ。

For all the lost children
This is for all the lost children
This one's for all the lost children, wishing them well
And wishing them home


Home with their fathers,
安らげる場所、お父さんと一緒で
Snug close and warm, loving their mothers
心地よくて、仲良くて、暖かで、お母さんと愛し合う
I see the door simply wide open
扉は大きく開いているよ
But no one can find thee
でもだれも君を導いてあげられない


このパラグラフの前半は、前のパラグラフの最後の homeの具体的説明だろう。そして、その暖かい homeへの扉は、大きく開いているというのに、だれもその子をそこにつれてきてあげられない。

findは、lostと対になる表現。迷子や落とし物を見つける、が直接的なイメージだけど、lostが神の恩寵から外れ深い苦悩に悩む、みたいな意味にとるときは、その道にもどれるように導くことをさす。amazing graceでも出てくるし、will you be thereでも出てくる。聖書的な表現。

So pray for all the lost children
だから、この祈りをすべての苦しむ子どもたちに捧げよう
Let's pray for all the lost children
すべての迷える子どもたちに祈ろう
Just think of all the lost children, wishing them well
ただ、すべての失われた子どもたちに想いを寄せよう
子どもたちが健やかでありますように、と願いをこめて

This is for all the lost children
これはすべての苦しむ子供たちのために
This one's for all the lost children
この歌はすべての迷える子供たちのために
Just think of all the lost children
ただ、すべての失われた子どもたちに想いを寄せよう
Wishing them well, and wishing them home
子どもたちが健やかでありますように、と願いをこめて
子どもとたちが安らげる場所に戻れるますようにと、願いを込めて


見えないものを見て、見えないものにも思いを寄せる。見えないものの為に歌い、祈る。そんな心が多分世界を癒していくのだろうと思う。


参考:
http://zophielsnowhite.blog4.fc2.com/blog-entry-170.html
http://mjetc.blog.fc2.com/blog-entry-156.html
http://www.thefreedictionary.com/Bide+one%27s+time
http://www.thefreedictionary.com/remain
http://idioms.thefreedictionary.com/count+blessings
http://english.e16.org/2006/03/nhkoffice-etiquette-1-36-7-2006.html
http://ameblo.jp/et-eo/entry-12010688000.html
posted by LightWing at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | Invincible | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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