2015年02月08日

Will You Be There:ともにいてくれますか(1991年)

※タイトル訳はオリジナル

どこかエキゾチックな雰囲気の曲。明るい夜明けを感じさせる曲。最後は平和を訴える祈りのような語りになっている。

この曲はアラブに捧げられた歌。ライブの演出ではターバンを巻いた人がたくさん出てくる。

中東、アラブの地、紛争の地、けれどそこはまた、キリスト教をはぐくんだ聖地。そこに暮らす人々に呼びかけているような歌。ただ人として(Only Human)生きることを否定されるこの世界にあって、手を取り合って、ただ人として共に生きていこうという歌。

1991年は湾岸戦争の年。アメリカとアラブは激しく戦っていた。そんな年に放たれたこの曲。そんな中で、アラブと手を携えていこう、それは、今私たちが想像するよりも、はるかに主張するのに勇気のいることだっただろう。けれど、この曲は欧米でもヒットチャートの上位をとった。この曲は、世界の良心、平和への願い、それを呼び起こす、マイケル・ジャクソンの渾身の仕掛け。

ヨルダン川自体が、宗教上のシンボルであり、中にもいろいろとそうした信仰にまつわる言葉がでてきているので、普通の口語ではなく、少し固い言葉のほうが合う気がする。

Hold Me, Like The River Jordan
我をいだけ、ヨルダン川の如く
And I Will Then Say To Thee You Are My Friend
されば我、汝に云わん、我が友と


ヨルダン川はイスラエル・シリア・ヨルダンの国境を流れ死海に注ぐ。聖書の中でヨルダン川は、イエス・キリストや、聖ヨハネゆかりの川。そして、迫害されたイスラエルの民が神との約束の地へ行くときに渡った川である。つまり神が、今は迫害されている人々に対して、約束してくれた幸せの地(カナン、と呼ばれる)にたどり着くために超えなくてはならない困難をもあらわす。

一部に古めかしい単語を使っているのは、聖書のイメージを重ねるためだろう。キリスト教・ユダヤ教・イスラム教は同じ聖書を共有(?)しており、読んでいる。これらに出てくる物語や世界観は、彼らの間では在る程度共有できるらしい。

90年代初頭は、マイケル・ジャクソンの人気のピーク。世界中の人に知られたスーパースターであると同時に、それはアメリカの星であったと思う。その男が、突然こんなフレーズを頭にもってきた歌を歌う。これはアラブの人々にとっては衝撃であっただろう。

こんな形で争っているけれど、どうぞあなたたちは寛容を忘れないで下さい。そしてその寛容で僕を包んでください。そうすれば、僕も、あなたたちを「我が友」と呼びます。

アラブの人々は仇のはずのアメリカに光をみた思いであったと思う。

これを読んで、マイケル・ジャクソンのこのあとのトラブルは、この歌がきっかけじゃないかとさえ思った。希望の国、アメリカ、正義の国、アメリカ。それを象徴するような男が、アラブに肩入れする。それは、そうしたアメリカのイメージを崩したくない人々には面白くないことであっても不思議はないからだ。そして、そういう考えはメディアなどにも多くいたのではないかと思う。

1993年の幼児性虐待疑惑の発端は、ある一般の家族の悪意であったかもしれない。けれど、そういう人々は、これを好機としてバッシングにのっかった。そういうことではないか。そしてワールドツアーは中止され、結構な数のファンは離れていった。

日本は本当に極端だった。バッシングに便乗し、このあとのHIStoryツアーでは、2階席があいてる、マイケルの人気もかげりだ、とはやした(これについては、即日完売、と宣伝されたため、よほど熱心なファン以外は諦めた、という人もいる)。だから今でもマイケル・ジャクソンの古参のファンは、このときに離れていったファンを心よく思わなかったり、死後の報道にただ乗っかる形でマイケル・ジャクソンのファンになった人々をニワカとよんで嫌うことがある。マスコミに流されて、彼の本質をみないような人々は、また、マスコミにのっかり、彼を傷つけると思うからなんだろう。彼の歌を聴き、彼のスピーチや、裁判の状況を垣間見ると、気持ちは理解できる。

Carry Me, Like You Are My Brother
連れて行け、兄弟のように
Love Me Like A Mother, Will You Be There?
愛せよ、母のように、君はそこにいてくれるか?


最初にヨルダン川がでてきている。Thereは聖書を読んでいる人々には「カナンの地」、神に約束された人々が平和のうちに暮らすことができる楽園をイメージさせるのだと思う。

ここでの兄弟、は、仲間、の意味だろう。willは意志。今は闘っているけれど、あなたは憎しみにとらわれることなく、そこにいると決意してくれますか?という意味。

もともと、I'll be there とか、Will you be there の there は、何かが起きているそのとき、その場所をさしている。I'll be there は、あなたが悲しんでいるとか、つらいとか、そういう何かあったときには僕はその場面にいるだろう、という意味。そしてWill you be thereなら逆に君は僕が何かあったときに、その場面にいてくれるか?という意味。だから、そこにいるよ、その場面にいるよ = 一緒にいるよ、そばにいるよ、のような日本語が近いと思う。ここでは僕が楽園にたどり着いたときに、ともにそこにいてくれますか、ということだろう。

僕をその楽園に連れて行ってください、憎みあうのではなく、母のように、聖母のように、僕を愛してください。あなたは、約束の地にいてくれますか?そこで僕を待っていてくれますか?

もちろん、あなたと、僕は約束の地にたどり着いたら、共に愛しあい、平和に、幸せに暮らすのだ。

Weary, Tell Me Will You Hold Me
疲れたならば、教えてくれ、抱きしめてくれるか?
When Wrong, Will You Scold Me
間違うならば、叱ってくれるか?
When Lost Will You Find Me?
迷うならば、導いてくれるか?


holdは、抱きしめる、だけれど、包む、受け入れる、受容する、という感じ。scoldは、ただ怒るのではなく、愛をもって、相手のために、間違いをただしてあげる、という意味。

lostも道に迷う、なんだけれども、聖書が絡むと、文字通りの意味よりも、信仰や心・精神がに軸がもてずあれこれと思い悩んで苦脳する、間違ったことをする、というような感じ。findはその中から、取るべき道を見つける、軸を見つける、という意味だ。amazing graceにもI once was lost but now am found,という節がある。そう考えると、いっていることは一行上とあまり変わらない。

But They Told Me, A Man Should Be Faithful
けれど、彼らはいう、人は忠実であるべきだと、
And Walk When Not Able, And Fight Till The End
倒れてもすすむのだと、そして最後まで闘えと。
But I'm Only Human
けど、僕はただ、人間なんだ。


まるでブラック企業のような台詞。戦争を指揮している国家の台詞なのだろう。多分、背景にある思考回路はどっちも同じ。けれど、僕は義務を課せられた兵士であるまえに、人なのだ。闘うよりも、愛し合い、ともに手を携えていくほうに生きていきたい。

Everyone's Taking Control Of Me
皆が僕を思い通りにしようとする
Seems That The World's Got A Role For Me
まるで、それが僕の世界に対する義務であるかのように
I'm So Confused 
僕はひどく混乱する
Will You Show To Me You'll Be There For Me
見せてくれるか?君は僕のために、そこにいることを。
And Care Enough To Bear Me
そして僕が倒れないように気遣ってくれていることを。


闘うことは自分の意志ではない、僕が忠実になりたいのは、国家ではなく、平和ののため、愛する人のため、自分のため。死ぬまで闘え、それは僕の義務である、というけれど、本当にそうなのか。僕は混乱してしまう。見せてくれないか。あなたたちは、僕らをまって、平和の地にいることを。そして、僕らのことを気遣ってくれることを。

こんなことを闘っているはずの相手に言う男。闘っている相手も人間であることを信じ、その良心に訴える歌。君のためにそこにいること、倒れないように気遣ってくれること。これは冒頭にでてきた Hold meの意味でもある。

(Hold Me) (僕をいだき)
(Lay Your Head Lowly) (こうべを低くたれ)
(Softly Then Boldly) (優しく、そして、強く)
(Carry Me There) (僕を連れてゆけ)

(Lead Me) (僕を導き)
(Love Me And Feed Me) (僕を愛し、僕を育み)
(Kiss Me And Free Me) (僕に口付け、僕を解き放て)
(I Will Feel Blessed) (僕は祝福を感じるだろう)

(Carry Me) (連れて行け)
(Carry Me Boldly)(僕を力強く攫って行け)
(Lift Me Up Slowly) (僕を優しく抱き上げて)
(Carry Me There) (約束の地に連れて行け)

(Save Me) (僕を救い)
(Heal Me And Bathe Me) (僕を癒し、沐浴の水に浸し)
(Softly You Say To Me) (優しく言ってくれ)
(I Will Be There) (君はそこで待っていると)


こんな世の中で疲れ果て、倒れている僕を、抱き上げて約束の幸せの地に連れて行って。
沐浴の水は、パプテズマ(洗礼)のことだろう。ヨルダン川は、イエスとヨハネの洗礼の地でもる。ほんとうの聖なる洗礼で身も心も清めてほしい、そして優しく、約束の地で待っているから、共に幸せな世界に生きようといってくれ、と。そういうことだ。

(Lift Me) (僕をおこし)
(Lift Me Up Slowly) (ゆっくりと抱き上げ)
(Carry Me Boldly) (僕を力強く攫って行け)
(Show Me You Care) (君の僕に対する慈しみをあらわせ)

(Hold Me) (僕をいだき)
(Lay Your Head Lowly) (こうべをひくくたれ) 
(Softly Then Boldly) (優しく、そして強く)
(Carry Me There) (僕を連れて行け)

(Need Me) (僕を求めて)
(Love Me And Feed Me) (僕を愛し、僕をはぐくみ)
(Kiss Me And Free Me) (僕に口付け、僕を解き放て)
(I Will Feel Blessed) (僕は祝福を感じるだろう)


コーラスと掛け合ってマイケルがアドリブで叫ぶ部分。どうぞあなたたちは寛容を忘れないで下さい。そしてその寛容で僕を包んでください。そうすれば、僕も、あなたたちを「我が友」と呼びます。この冒頭のメッセージを言葉を変えて繰り返しているのだ。

In Our Darkest Hour, In My Deepest Despair
僕らが深い闇の底にある時も、
僕が深い欲望にとり付かれているときでも
Will You Still Care? Will You Be There?
あなたはまだ気にかけてくれますか?そこにいてくれますか?

In My Trials And My Tribulations
僕の裁きのとき、僕の受難のとき、
Through Our Doubts And Frustrations
僕たちが疑惑と失望にあっても

In My Violence In My Turbulence
僕が撃たれているとき、僕が動乱の中にあるとき
Through My Fear And My Confessions
僕の恐れと告白をみても

In My Anguish And My Pain
僕の苦難のとき、僕の苦痛のとき
Through My Joy And My Sorrow
僕が喜んでいても、僕が悲しんでいても

In The Promise Of Another Tomorrow
約束された明日を信じて
I'll Never Let You Part
僕は決してあなたを離れない
For You're Always In My Heart.
あなたはいつも僕の心に在るのだから。


最後はマイケル・ジャクソンの語り。あなた方に寛容を求めるように、僕もあなた方をどんなことがあっても、愛し続けます。そういう宣言だ。

Promise of another tomorrow、約束されたも一つのあした、とは、今のような争いあう世界はない、幸せな未来のことだと思う。promiseの約束の内容は、約束の地、と同じ、神があなたに与えると約束した平和、の意味だ。

歌詞にでてきたヨルダン川は、いまや環境破壊で枯渇の危機にあるそうだ。聖地すら破壊して、人は何をしようとしているのだろう。

What about us、What about earth。鏡の中から始めて、考え、愛することで世界を癒したい。マイケル・ジャクソンの生涯の願い、生涯の祈り。

2015/2/8 追記、タイトル訳追加
2014/7/16 一部加筆
2013/7/9 説明追加、訳一部修正
2013/8/28 訳一部修正

参考にさせていただいたページ:
http://savannasahra.blog19.fc2.com/blog-entry-1423.html
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2723423/5707113
http://d.hatena.ne.jp/Dugon/20100717/1279317814
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6063/wangan1.htm


テレビを見ていると悲しくなることが増えた。彼が生きていたらなんて言っただろう。憎しみの連鎖はまだ止まらない。
posted by LightWing at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | Dangerous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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