2013年06月30日

Come Togather(1969年)(1988年 covered by MJ)

はっきり言って、訳せていない。不気味で謎の多い歌詞。もともとはジョン・レノンの歌。これを出した翌年、ビートルズは解散する。ジョンが発表したときから、ビートルズのメンバーのことを歌った歌、だとか、選挙のキャンペーンソングなんだとか、いろんな推測があった。解明は未だにされてない。

けど、ここではこの曲をあえてマイケル・ジャクソンが取り上げたことに、注目したい。

ジョン・レノンは imagineを始めとした多くの平和と平和への行動を歌った曲を発表し続けた、マイケル・ジャクソンの前の世代の平和のアーティスト。マイケル・ジャクソンも、マーティン・ルサー・キングや、マザー・テレサ、ガンジーなどに並べて、man in the mirrorのPVに登場させるなど、たぶん、ジョン・レノンを平和のために闘った人、という位置づけで尊敬をもってみているのだと思う。マイケル・ジャクソンのファンがジョン・レノンの言葉を見れば、マイケル・ジャクソンがジョン・レノンに大いに共感したとしても不思議はないと、感じられるだろう。そしてジョン・レノンは歌を以って闘ったのだ。自らも愛を訴え歌で世界を変えたいと思っていた若きマイケル・ジャクソンの憧れであったかもしれない。

しかも、このCome Togatherのカバーは、彼が作った映画 moon wlakerのラストシーンに使われているのだ。競演したジョン・レノンの息子、ショーン・レノンの目の前で。

なぜ、そんな演出をしたのだろう?この曲に、ジョンとマイケルにはわかっている、何か重要な意味が隠されている、とするのが自然ではないかと思う。一体どんな意味なんだろう?実のところ詳細は全くわからない。

それでも。

moon walkerが、マイケル・ジャクソンの夢をそのままフィルムにしてしまったような、およそ映画とは思えない(実際、実質的には長いPVだと思う)破天荒でファンタジックな内容であり、そのストーリーの中心は、子供を麻薬漬けにしようとする悪の組織から、体を張ってマイケル・ジャクソンが子供を守る話だ、と言うことから、方向性だけはつかめるのではないかと思っている。

映画の中で、ロボットに変身し、宇宙船に変身し、変幻自在に身を変え、場所を変え、マイケル・ジャクソンは子供たちを必死に守る。ショーン・レノンは守られる子供の一人に扮している。そして、何とか子供たちを守りきった後、突然マイケル・ジャクソンは、スーパースター、歌手マイケル・ジャクソンになって、ステージに上がるのだ。ステージの袖には守ってもらった子供たち。

そして観客の熱狂の中歌い上げるのが、このCome Togather。これが映画のラストである。

だとすれば。

この曲はマイケル・ジャクソンが、子供たちを、あらゆる悪、子供たちから平穏な未来を奪うあらゆるものから、身を挺して守り抜く、という宣言でなくてはならないと思う。そして、ショーンに、君のお父さん、ジョン・レノンの遺志は僕が継ぐから、というメッセージを込めたものでなくてはならないと思う。

歌詞の中にはオノ・ヨーコと思われる表現も見られ、まず間違いなく、ジョン・レノンが歌いこまれているのだと思われる。そう思ってみてみると、歌詞には、ぼろぼろにされても抵抗する主人公ジョン・レノンと、そこに対峙している主人公を追い詰めている勢力、という、2BADと同じ構図が浮かぶ。ジョン・レノンが戦っている相手だから、相手は戦争や食料危機などを推し進め、限られた小数のエリートに富を集中するよう画策する勢力だろう。きっとこれは、マイケル・ジャクソンが憎んだもの、戦ったものと同じ。

ほんとうのところは全くわからない。けれど以下はそういう想定で訳してみる。

written by John Lennon

Here come old flattop, He come grooving up slowly
馴染みのフラットトップがやってきた、ゆっくりと轍を刻んでやってきた
He's got Joo Joo eyeball, He one holy roller
ぎろぎろと禍々しい目つきになってしまったが、彼は聖なるロックンローラ
He got hair down to his knees, Got to be a joker he just do what he please
膝に頭をうずめるようにして蹲ってる
心の赴くままに振舞ってきただけなのに、悪者にされちまった


最初の行は Chuck Berry というロックンローラーの“You Can’t Catch Me,”からの引用といわれている。falttopは頭のてっぺんがまったいらになった髪形。Googleで画像検索してみるとわかる。必ずしも角刈りである必要はないらしく、エルビス・プレスリーのように長髪を固めてまったいらにしてあってもいいらしい。だからといってこの文章の意味がはっきりするわけではないけれど。ジョン・レノンも、フラットトップといえるような髪型にしたことがないわけではないけど、やっぱり代表的な髪型ではない。ここでは角刈りとするとイメージ違ってしまうので、フラットトップのままにした。

轍はジョン・レノンが苦労してここまでたどり着いた軌跡、ジョン・レノンのHIStoryだろう。

joo jooも意味不明。jew jewとしている人もいる。訳はnativeがしている解説からこれじゃないかなと思うものを選んだ。後の詩とあわせてぼろぼろになっているジョン・レノンの描写じゃないかと。

oneはそのままだと動詞にならない。英語では 4you(for you)などのように、同じ発音の単語を置き換えて書くことがある。これも多分同じ発音の動詞を指しているのではないかと考えた。ここでは、one = wonじゃないかと考えている。以降もそれで訳す。ここでは聖なるロックン・ローラーの称号を勝ち取った、という感じで考えている。

心の赴くままに振舞っていたら、悪者にされてしまった。これはこの歌詞を見たときに最初に浮かんだ言葉。己の良心とインスピレーションに従って、生涯平和や愛のために歌い続けただけなのに、激しく中傷・攻撃され続けたジョン・レノンの想いではないだろうか。もっともジョン・レノンの場合は、かなりの部分をオノ・ヨーコがその強靭な精神力で背負ってくれていたように思うけれど。そして後にマイケル・ジャクソンも同じ想いをするようになるのだろう。彼の場合はオノ・ヨーコがいなかった上に、犯罪疑惑までかけられ、余計苦しかったのではないだろうか。

He wear no shoe shine, He's got toe jam football
靴磨きなんてするわけもなく、つま先を丸めて靴に詰め込みボールをける
He's got monkey finger, He shoot Coca-Cola
猿みたいな指になっちまって、彼は麻薬を打たれてる。
He say "I know you, you know me,
One thing I can tell you is you got to be free
Come together Right now Over me"
彼は言う、「俺はお前らを知ってるよ、お前らも俺を知ってるな。
一つだけ言ってやれることは、お前ら自由にならなきゃ駄目だってことさ。
一緒に来いよ、今すぐ、俺の方へ」


この辺はぼろぼろになってしまっているジョン・レノンの表現じゃないかと思う。それでも屈せず、攻撃してくる人々に向かって「とらわれは捨てて、自由になれよ。」と説くジョン・レノン。

He bag production, He's got walrus gum-boot
バッグに包まるパフォーマンス、彼は偽善者の動かぬ証拠を手に入れた
He's got Ono sideboard, He one spinal cracker
オノを傍らに得て彼は、自らを奴隷として使うものに打ち勝った
He got feet down through his knees
彼は足を膝から大きく投げ出した
Hold you in his arm, 'til You can feel his disease
「俺の疲弊がわかるまで、俺の元から逃さないぜ
Come together Right now Over me
 一緒に来いよ、今すぐ、俺の方へ」


bag productionは、ジョン・レノンがオノ・ヨーコと行ったバギズムと呼ばれるパフォーマンスを指すのだろう、という意見が一般的。袋にすっぽりと人間が包まれてしまうことで、人種や見かけの差異をなくしてしまおう、という平和活動の意味合い。マイケル・ジャクソンは大いに共感したのではないだろうか。

walrusはセイウチ、gum-bootはゴム長靴。これは不思議の国のアリスの「セイウチと大工、あるいは好奇心の強い牡蠣の話」から来ているらしい。セイウチと大工が、牡蠣をだまして浜辺に散歩に連れ出し、焼いて食べてしまう、という話。しかも大工は「パンが足りない」とか「パンにバターをあつく塗りすぎた」とかいうだけなのに、セイウチは牡蠣に「かわいそう」などと同情の言葉を吐きつつ、泣きながら、でもその影で大きな牡蠣ばかりをぱくぱく食べていくのだ。そしてこの食べられた牡蠣たちは、なぜか靴をはいている。

ここから想像すると、walrusは偽善者、口では慈悲深いことをいいながら影で悪辣な行いをする者のことだろう。そしてgum-bootは犠牲になった牡蠣たちの遺したもの、つまり偽善者のなしたことの証拠ではないかと思う。それでこの訳。

この話、Taboid Jankieなどでのマイケル・ジャクソンの告発と合わせるとわかるのではないだろうか。ここでのwalrus のイメージは Tabloid Jankie の「偽りの目撃者(false witnesses)」や、2BADの「
お前らは善だといってるけれど、薄汚たねえ穴から這い出す、誰かが仕組んだつくり話さ(Sayin' that you got it good Creepin' from a dusty hole Tales of what somebody told)」のフレーズと重なる。

Ono sideboardはオノ・ヨーコのこと、というのが定説。その通りだと思う。

oneはwonでとる。

spinalは背骨の、中枢の。crackerは鞭打つ人、だと思う。crackは鞭の音。昔、黒人を奴隷とした白人は、彼らを鞭打って働かせた。その鞭打つ役目の白人をcrackerと呼んだのだそうだ。だからspinal crackerは背中を鞭打つ人、自分を奴隷であるかのように使役する人、の意味ではないだろうか。そうした勢力に迎合していた状態から、ジョン・レノンは抜け出した、といっているだと思う。

ジョン・レノンは白人だから、比喩で使っているのだと思うけれど、こうした表現は、マイケル・ジャクソンなら響いたはずだ。マイケル・ジャクソン版のCome togatherでマイケル・ジャクソンは、長く引き伸ばされた間奏で muddy waterとspinal crackerの単語を繰り返している。

Come together babe, Come together babe
一緒に来いよ、一緒に
Come together, Come together
一緒に来いよ、一緒に


He roller coaster, He's got early warning
アップダウンの激しい彼の人生、彼は早くに警告を受けていた
He's got muddy water, He one Mojo filter
汚い水を飲んだけど、魔法のフィルターを手に入れた
He say "One and one and one is three"
彼は言う「1たす1たす1は3、
Got to be good looking 'cause he's so hard to see
いい子にしてなきゃな、やつは姿を隠してるから
Come together Right now Over me
一緒に来いよ、今すぐ、俺の方へ」


汚い水とは、きっとそんな汚いやつら(世間に迎合して暮らしていれば、そちら側に与することになる)に一度は飲み込まれかけた、ということだろう。Mojoは魔法のパワー。Mojo filterはそんな汚い水を浄化して自分を正気に戻してくれるフィルター、だと思う。つまりはオノ・ヨーコのことだろう。

最後の方も謎だけれど、「いい子」にしてないとあちこちでそういう勢力は網を貼っている、そういう罠にひっかかるぞ、ということではないだろうか。one and one and one is threeは偽りない事実、真実の比喩かもしれない。それは、Taboid Jankieでマイケル・ジャクソンが告発したあちこちで抑えた嘘(the lie you confiscate)や、They don't care about us で告発したspeculationと対極にあるものではないだろうか。

そう考えてくると、この曲はマイケル・ジャクソンが後に強烈に訴えるものにつながっているのだと感じる。だからこそ、アルバムHIStoryにもわざわざ入っているのではないか。

moon walkerは1988年、まだその5年後の酷い世間の仕打ちを知らないマイケル・ジャクソン。けれど、ぼろぼろになりながら、後年彼はその宣言どおりに不屈の精神で愛を訴え、愛に反するものを告発しながら、闘いぬいたのではないかと思う、、、。

参考にさせていただいたページ:
トゥィードルダムとトゥィードルディー
「僕は”セイウチ”に会った」 〜ジョン・レノンのインタビュー ジョン・レノンにとってのセイウチ
ジョン・レノン・18回目の命日 ジョン・レノンにとってのオノ・ヨーコの存在の意味がよくわかる曲 "GOD"
posted by LightWing at 00:49| HIStory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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