2013年06月07日

They Don't Care About US (1995年)

アルバムHIStoryの収録曲である。

ものすごく重たいメッセージ。間違いなくこの曲は、彼のメッセージソングの中でも重要な位置を占めるものであろうと思う。

無関心が生む、人権蹂躙、今まで数多くの彼(もちろんここの「彼」はHIStoryにおける彼)が、過去に身を犠牲にして勝ち取ってきた自由が知らぬ間に形骸化していく。無知・無関心、自ら考えないDead Headが招く恐ろしい事態が進行していることを、痛烈に警告した過激な歌。この歌を単なる人種差別反対の歌と取るのは違うと思う。訴えているのはもっと大きな問題だ。

マイケル・ジャクソンには2つの顔がある。一つは優しく愛を歌い上げる天使の顔。もう一つは人の尊厳を虐げ、未来を踏みにじるものへの激しい怒りに立ち上がる戦士の顔。

戦士の顔の最たるものがこの歌だろう。戦士の顔のマイケルジャクソンにとってのテーマと言ってもよいと思う。実現しなかった彼の願い、THIS IS ITでもこの曲は重要な役割を担うはずだったとされている。

この曲はHIStoryと一体の裏表なのだ。HIStoryで「彼」が未来のために抵抗する本当の相手がこの歌における「彼ら」の背後にあるものだろう。コンサートの演出やPVに使われた映像に、2つの歌に共通するメッセージをつなぐ符号を見ることができる。

ここでのマイケル・ジャクソンの苛烈な表現は、black or whiteのPVにおいてカットされてしまいがちなパンサーパート以来ではないか。この曲の歌詞はユダヤ人侮蔑だとして変更を余儀なくされ(問題とされる単語にノイズをのせて流通させている)、PVは反社会的として作り直された。だからこの曲にはPVが2つある。一つはオリジナルの刑務所バージョンと呼ばれるもの。もう一つは取り直されたブラジルバージョンと呼ばれるもの。マイケルジャクソンのPVはショートフィルムとよばれ、曲と一体化した一つの作品として、彼のメッセージを伝えている。だから期せずして私たちは彼の同じメッセージに対する2つの異なる表現を目にすることができる。

最初の刑務所バージョンでは、天安門事件やロス暴動のきっかけとなったロドニーキング事件などのモノクロ映像をバックに、囚人服のマイケル・ジャクソンが監獄の中で怒りを爆発させているシーンで始まる。拳を机に叩きつける囚人、KKKの儀式、棍棒をもてあそびながら見回る看守、そんな映像が続く。この場オージョンはは当初アメリカではMTVが放映を許可せず、今でもアメリカでは放送を禁忌される。それくらいここにはアメリカの「市民」を自認する人々が目を背けたくなるような闇が含まれているのだろう。そして作り直したバージョンでは、ブラジルのひとつの小さな町を借り切って、貧民街に暮らす人々がマイケルジャクソンと、ともにドラムを打ち鳴らしながらTHEY DON'T CARE ABOUT US! と叫ぶ。

ブラジルバージョンの撮影は、この街の市長の抵抗にあったといわれている。この町にある汚いところを映さないでくれ、この町の恥になるから。そういう理由であったと言われている。本当ならマイケルジャクソンの狙いは大成功だろう。そうした、目を背けたくなる事実を太陽のもとに晒して突きつけることこそ、彼の狙いだったと思うからだ。

written by Michael Jackson
Album HIStory

Skin head, dead head, everybody gone bad
ナチ気取り、役立たず、みんな腐ってしまってる
Situation, aggravation, everybody allegation
まわりはイライラするばかり、みんな好き勝手言ってばかり
In the suit, on the news, everybody dog food
法廷も報道もやらせばかり、
Bang bang, shot dead, everybody's gone mad
銃声、撃たれた死体、みんな狂ってしまってる


skin headはもともとは黒人解放主義者の証だったが、そのうち、反体制者といった意味を持つようになった言葉。ネオナチやパンクロックのファッションともなっている。日本でのファッションとしてのスキンヘッドとは想起されるものが違う。けれど、ここでは、きちんと考えた主義主張ではなく、流行・ファッションとして過激な行動に走る人々を想定しての言葉だと思う。なので、ナチ気取り、とした。

dead headは文字通り、頭の死んだ人。ここでは自らの頭を使わない人、考えない人のことだろう。「政治家がいっていたから」、「ニュースで言ってたから」、「流行だから」などよく考えず、体制に迎合する、自分の頭のない人だろう。そうした人々は衆愚政治を招く。回りに沢山いるはずだ。自分がそうでないとすら、どうしていえよう。訳は悩んだ。また変えるかもしれない。人によっては headを上の人、国のリーダ、のような解釈をしているようだ。

situationは状況、と訳されることが多いが、立場、などちょっと状況と違う意味合いも含む。後のパラグラフでもみな、彼がみている周りの状況と、その中での彼の立場、の描写の部分で使われているので、ここでは、「まわりは」とした。

dog foodはコンピュータスラング。自分で開発して自分でテストしたプログラムのこと。そんなの、十分なテストなんかできないし、不具合隠し放題(但し、今はプログラムの開発技法がかわってるのでちょっとようすがちがう)。つまり、自作自演、やらせ、いい加減、ということだ。たぶん、米語のdog foodという言葉には、身内からでたものを身内で処分する、というようなニュアンスがあるんだろう。昔、キャットフードなんてなかったときは、日本でも人の残飯は猫にやっていた。そんなイメージではないか。

All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ
All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ


愛の反対は無関心。英語のcareは、肯定で使うと関心を寄せ、いつも心配するようなイメージ(これが正しい心配なら愛になる)だが、否定で使うと、全く思考の中に位置をしめない、つまり無関心の意味になる。まったく気にかけていない、どうでもいい。こんな酷い目にあっていても、それを気にかけてももらえない。これほど悲惨な状況もないだろう。

Theyは、政府や警察や法廷などの国の「国民をまもる」という名目のもとにおかれているはずの国家機構をはじめとした権力者、であるほかに、一般不特定のThey、つまり、自分と同じ立場であるはずの一般の人々をもさしているだろう。そうした人々が、悲惨な状況に陥っている彼を人ごととして捉え、無関心を決め込む。そうしたおそろしさを訴えているのだ。だから「誰も気にかけちゃいない」にした。

いざというとき、頼るはずのものが足元がから崩れていく恐怖。自分が幻影の上に立っていたと気づいた絶望感。それを招いているのはThey、あなたたちだ。これはそうした強烈な警告だ。

Beat me, hate me, you can never break me
殴れよ!憎めよ!俺は絶対くじけない!
Will me, thrill me, you can never kill me
脅迫しろよ!怖がらせろよ!俺は絶対殺されない!
Jew me, sue me, everybody do me
侮蔑しろよ!訴えろよ!みんなそうしてるぜ
Kick me, kike me, Don't you black or white me
蹴飛ばせよ!差別しろよ!お前らに白黒言われてたまるかよ!


倫理なき社会は弱者に転落したものには徹底して過酷である。彼は権力からも世間一般からも悲惨な扱いを受ける。さげすまれ、恥をかかされ、脅され、、、、。打ちのめされながらも、俺は負けない、という彼の必死の叫びがこのパートである。

black or whiteは、黒人・白人、という意味と 文字通り白黒つける の白・黒、つまり、いい、悪いの意味がある。ダブルミーニングだと思う。ここでは、世間が勝手に憶測でいろいろなことを言い、悪いやつだ、などとうわさすることを言っているのだろう。

この歌が書かれた時期は、マイケル・ジャクソンが幼児への性的虐待疑惑で訴えられた時期である。マイケル・ジャクソンを知る人なら、絶対ありえないと思う事態が、全く受け入れられず、無罪を証明するために性器まで証拠として見せなくてはならなくなった。そんな恥辱。反省しなくてはならない。日本でもこの報道は、「完全にマイケル・ジャクソンは有罪」の論調で流れていた。そして私はなんとなくそれを信じて彼を「いかれたハリウッドのスター」に分類してしまった。

All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ
All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ


Tell me what has become of my life
教えてくれよ、俺の人生はどうなってしまったんだ
I have a wife and two children who love me
愛してくれる妻も二人の子供もいるというのに
I am the victim of police brutality, now
俺は警察の暴力の犠牲者だ、なあ、
I'm tired of bein' the victim of hate
憎悪の的になるのは疲れたよ
You're rapin' me of my pride
俺の尊厳をズタズタに侵されるのにも
Oh, for God's sake
I look to heaven to fulfill its prophecy...
お願いだ、神よ、預言を成就し神の国をもたらして下さい
Set me free
私を自由にしてください


愛する家族がいて、まじめにくらしていた普通の市民がある日突然悪意のターゲットにされ、尊厳も権利もずたずたに引き裂かれる。守ってくれるはずの団体も、仕組みも実際にはなんら助けになってくれず、むしろみんなで自分を「あの人は私たちと違う恐ろしい人」と隔離して、好き勝手に悪口をいい、断罪する。そんな絶望を表したパートである。

look to 人 to 動作 は、人に動作することを期待する、望む。heavenは神。期待する預言は、黙示録のあとにもたらされる神の国のことだろう。

Skin head, dead head, everybody gone bad
ナチ気取り、役立たず、みんな腐ってしまってる
Trepidation, speculation, everybody allegation
怖がって、憶測で、みんな好き勝手言ってばかり
In the suit, on the news, everybody dog food
法廷も報道もやらせばかり
black man, black male, Throw your brother in jail
黒い男に黒いメール、あなたの仲間を刑務所にぶち込む


Trepidationは何に怖がっているのか。主語を彼にとれば、この次々と訪れる恐ろしい事態を彼が恐れている話であろう。でもここでは、主語をTheyにとるほうが的確な気がする。世間一般、自分を「良識的、正しい人」と信じる「普通の市民」のことだと思う。「まあ、こわい。なんておそろしいんでしょう!いやーねー」といいながら、真実をみることもなく、「だから黒人はよくないのよ」とか「ハリウッドは恐ろしいのよ」とかなんとかいって彼を傷つける人だろう。実のところ、みんな「恐ろしい」のだ。意識・無意識にかかわらず自分もそちら側に回るかもしれない、なんてこと、考えたくもないのだ。だから彼を恐ろしい人、として、断罪する。けれど、それは恐ろしい事態につながる。

Black Man は黒人、Black Mailは脅迫状、けれど、ここでは原文の雰囲気を活かして直接的な訳ではなく、黒い男に黒いメールとした。どちらも黒人、よくない手紙といったイメージは日本語でもだせると思うからだ。

刑務所にぶち込まれるのは your、あなたの仲間であることに注意すべきだろう。これは、俺の仲間ではないのだ。人ごとではない、いつ、あなたの愛する人が同じめにあうかもしれない、「普通の人」がターゲットになりうるのだ、というこれはかなりシビアなマイケル・ジャクソンの告発・警告なのだ。まさに、彼がそうであったように。だからこそ、実際にはこのころマイケル・ジャクソンにはいなかった「愛する妻」や「子供」の話が歌詞にでてきているのだろう。愛する妻と二人の子供に囲まれて、平穏に暮らしていた、普通の男がある日突然遭遇する恐ろしい事態。それを描写しているのだ。

All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ
All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ


Tell me what has become of my rights
教えてくれよ、俺の人生はどうなってしまったんだ
Am I invisible because you ignore me?
無視を決め込むあなたたちには、この俺がみえないのか?
Your proclamation promised me free liberty, now
独立宣言は俺に自由を保証してたんじゃないのかよ、おい
I'm tired of bein' the victim of shame
侮蔑の的になるのは疲れたよ
They're throwing me in a class with a bad name
みんな、俺に汚名を着せるんだ
I can't believe this is the land from which I came
これが俺の祖国なんて信じられない
You know I do really hate to say it
こんなことほんとうにいいたくなかった
The government don't wanna see
政府は見たくなんだ
But if Roosevelt was livin'
けど、ルーズベルトが生きていたら
He wouldn't let this be, no, no
こんなこと許さないのに、ありえない、ありえないよ


自分とは違う人、というレッテルをはって、安心してしまった一般市民にも、市民を守るというような役割をとうに忘れてしまった政治家や国家機構の「公僕」の方々にも、もはや彼は無視され、見えてさえいないのだと思う、彼の絶望感。

自由の国を標榜するアメリカでproclamationといえば、独立宣言だろう。自由は独立宣言が保証するメインのテーマの一つである。freeは拘束されない自由、libertyは強制されない自由、そんな意味合い。俺は独立宣言で自由を保証された、希望の国、アメリカに生きていたのではなかったか?それが、この状況はなんなのだ!これが俺の故郷なのか?ルーズベルト(これも過去のHIStoryの彼かもしれない)が生きていたら、こんなことありえないのに!信じていたものが足元から崩れていく、自分を守ると信じていたものが幻影だと知った彼のこれは絶望の叫びのパラグラフなのだ。

Skin head, dead head, everybody gone bad
ナチ気取り、役立たず、みんな腐ってしまってる
Situation, speculation, everybody litigation
まわりは憶測ばかり、みんな訴訟してばかり
Beat me, bash me, You can never trash me
殴れよ!非難しろよ!くず扱いではおわらない
Hit me, kick me, You can never get me
ぶっ叩けよ!蹴飛ばせよ!俺はやられない!


bash はバッシングのバッシュ。

trushはくず、無能な人間、などの意味。getは米口語でだめにして終わらせる、の意味。どっちもちょっと日本語にするのは難しい。

All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ
All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ


Some things in life they just don't wanna see
誰も見たくない人生のなにか
But if Martin Luther was livin', he wouldn't let this be
でもマーチン・ルサーが生きてたら、こんなのほっとかないのに


Some things in life they just don't wanna seeは最初、「誰も見たくない、人生の大切なもの」としていたが、変更した。

Some は何か、の意味もあるが、重要な、たいした、の意味もある。後者の意味にとって最初はそう訳した。だろう。じゃあ、大切なこととは何かと。その後の段落にはマーチン・ルサー・キングが出てくる。マーチン・ルサー・キングは、日本ではキング牧師と言われることが多い。黒人解放運動を非暴力で進め、暗殺された人。マイケル・ジャクソンのPVにも出てくる。彼の有名な演説 I have a dreamから、マイケル・ジャクソンは多くのモチーフをもらっていると思う。マーチン・ルサー・キングと関連付けるなら、somethingsとは、時として人はそうしたHIStoryの「彼」にならなくてはならないということではないか。

そう考えた。

でも、読み返してもう一つでてきた解釈がある。世の中でなにが起こっていても、見事に「普通の人々」はそれをなかったことにするのだ。不公平、不実な犠牲者がたとえでていたとしても、そんなニュースがいくらながれても、それは見ている側にとってはまるでなかったことになる。なぜなら、恐ろしいのだ。見たくないのだ。信じたくないのだ。だからそんなことが自分にはおきないと信じているのだ。そのなにか、が「俺」には起こってしまったのだ。

Skin head, dead head, everybody gone bad
ナチ気取り、役立たず、みんな腐ってしまってる
Situation, segregation, everybody allegation
まわりは差別ばかり、みんな好き勝手言ってばかり
In the suit, on the news, everybody dog food
法廷も報道もヤラセばかり
Kick me, strike me, Don't you wrong or right me
蹴飛ばせよ、ぶったたけよ、お前らに断罪されてたまるかよ


最後の文はwrong or right、間違ってるとか、正しいとか言われたくない、といってるのだが、結局正しい、という人よりも間違っている、という人のほうが圧倒的に多く、それが彼を苦しめている。その本質は、自分の憶測と勝手な価値観で、人によいわるいのレッテルをはる、つまり断罪することだ。だからここではこの訳を使った。身に覚えがない人は偽善者ではないかとすら思う。私たちの判断は、何がしかの基準に基づいているが、それが本当に正しいかどうか、人は問いなおすことには怠惰だ。それで悲しんだ人間がどれほどいるか。人と向き合ったとき、相手の言ってることがどんな視点・考えからでてきたものか、関心を持つことは重要だけど、それをショートカットするほうが断然楽だから。

All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ
All I wanna say is that they don't really care about us
俺が言いたいことはひとつ、俺たちのことなんか誰も気にかけちゃいないんだ

(繰返し二回)


大きな災い、恐ろしいものは、はっきりとは見えないけれど、よく目を凝らし、考えれば見える。無関心はその兆候を見逃し、気がつけば全員で破滅への道を進む。HIStoryのPVのナチスはそれをあらわしているのではないか。ナチは暴力で政権を奪ったのではない。選挙で政権を合法的に取得した。兆候はあったはずだ。けれど、ドイツ国民と世界の無関心はその台頭を許したのだ。

dead headで無関心な一般大衆は、恐ろしい結果を招く。国はほっとけば国民を蹂躙することは歴史が証明している。たくさんのHIStoryの彼がそれと戦ってここまできたのに。天安門は過去かとおもった。しかし、トルコでにたような事件がおきた。冤罪とその酷い扱いも今でも過去になりきっていない。

ひとごとではないのだ。They don't care about us。無関心が呼ぶ恐ろしい事態に対抗するのは、無関心の反対、関心を寄せ、相手を思う 愛 なのだ。自分はどちらに回るのか。そこに未来がかかっているのだ。


長くなったので、追記は別記事で。
posted by LightWing at 11:17| HIStory | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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